イスラエルのツボ
イスラエルの片田舎から。こちらの日常をのんびりと綴ります。
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きこりこ

  • Author:きこりこ
  • イスラエルの片田舎でのんびりと4児の母をしております。
    2009年夏、ガリラヤ地方で和風旅館を始めました。
    通訳や翻訳の仕事をすることもございます。

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避難
これから南下します。
連絡は携帯にお願いします。
昨夜の攻撃
昨日は一日中家でうだうだ、、、。
シェルターを行ったり来たり、、、。
子供達にはシェルターにいなさい、とは言うものの一番難しいのは大人かもしれまん。私は私で家の中の食べ物をチェックしたり、洗濯、掃除、夫はニュースの合間に仕事の用事をする、、、。

で、夕方になって
”あ~、いつまで続くのかしらね~。”
なんて言いながらごろごろしていたら突然
”そうだバーベキューをしよう!”
と夫が言い出しました。

別に肉好き家族でもないのに、、、、
どうしてこの場に及んでばーべきゅー?
と思ったのですが、言い出したら止まらないのでとりあえず肉の用意をしました。
子供はやっとシェルターから出られたので、飛び回る駆け回る、
”何か手伝うことある?”
とお手伝いも積極的になりました。

義父と義母も呼んでバーベキューが始まりました。

そして食後のフルーツを食べ終わって、子供がごみ捨てに行ったときです、、、。

”今、サイレンが鳴ったの。”
と慌てて子供がごみを持ったまま戻ってきました。
すぐに子供達をシェルターの中に入れました。それから数分間何もありませんでした。
夫は近所のお友達もバーベキューをやっていると聞きそちらに顔を出してくると言い車にのりました。義父と義母も帰りました。

そしてすぐ、またサイレンが鳴りました。するとすぐものすごい爆音が何度も響き渡りました。ガラスが割れる音がしたのですぐシェルターに入りました。でも夫は、、、?

すると夫が
”きこりこ~。”
と呼ぶ声がし、
”シェルターの中よ、早く来て!。”
と言いました。
夫は無事でした。
義父義母に電話をしましたが、無事でした。

昨夜は本当に目と鼻の先にいくつも落ちました。
そのとき1時間半で16の市町村だったかに60発のカチューシャが落ちたそうですがサイレンが鳴って大概の人がシェルターに入ったので、負傷者はあまりでませんでした。

シェルターに夫が入って数分後、すぐに停電になりました。
あ、もういや、電気のない生活なんて、と思いましたが、2時間以内には電気が戻ると連絡が入り本当に戻りました。

でもホントひやひや、、、。
そのとき、、、阪神大震災を生き延びたお友達の言葉がこだましました。

”きこりこさん、命があってなんぼのものだから、がんばらないで危なくなったら逃げてくださいね。”

そして、改めてイスラエル人の べセデル(大丈夫)はあてにならないと思ったのでした。

北部の様子
12日水曜日国境近くで警備をしていたイスラエル軍の兵士達をヒズボラが襲撃し、7人を殺害2人を拉致するという事件がおきました。
それを受けイスラエル軍はすぐにレバノンに侵入攻撃を始めました。
イスラエル北部にはカチューシャロケット弾(←ロケット弾についてはこちら)が次々に飛んできました。

私が住んでいる北部のこの村は普段は緑が多く、普段はとてものどかな場所です。周りはアラブ人さんの村(ドゥルーズ教徒、キリスト教徒が多いがイスラム教徒も)に囲まれていますが、今は(昔はいろいろあったらしい)のんびりと共存しております。

そんな平和な村がこの日を境に一転してしまいました。
イスラエルに飛んできたロケット弾の数はこの5日間でもう1000を越していると思います。町だけでなくこんな田舎にまで無差別に飛んできており、人々の生活を脅かしています。

13日朝にはナハリヤで朝食を作ろうとキッチンに立っていた主婦を直撃、死亡、以降いたるところで死者、負傷者が出ています。

こちらはお友達が経営する八百屋さんが燃えている所

クリック

お友達はトイレに入っていて難を逃れました。

週末はこの辺でもたくさんの攻撃を受け、シェルターに入ることを余儀なくされました。

イスラエルは建国以来たくさんの戦争を経験してきました。
それでイスラエル全土にはたくさんの公共のシェルターがございます。

1982年イスラエルがレバノン南部を占領しました。そしてヒズボラができカチューシャをイスラエルに飛ばしてくるようになったのですが、それ以降北部では新しい家を建てるときにはシェルターを一部屋作らないといけないことになりました。
部屋には厚さや材質、大きさなどの基準がございます。我が家にも一部屋、シェルターになる部屋がございます。

ドアはこんなカンジでございます↓


20060717003826.jpg



当時はこども4人を想定していなかったので、お部屋は4畳半(くらい)、子供が寝るとぎゅうぎゅうなので私達は普段の部屋に寝ています。

イワシの缶詰状態に寝る子供達↓

July2006warshelter.jpg


古い家にはシェルターがありませんから、公共のシェルターを使うことになります。広くて、近所の人たちと話をしながら時間をつぶせる、子供同士が遊べるなどの利点もありますが、プライバシーがないなど、いろいろ不便なこともあるようです。
公共のシェルターで過ごす子供達は恐怖におびえて泣き叫ぶ子もいるそうで他の子供達は余計に不安に陥るようです。パニックは伝染します。ね?

うちの子供達は家にいるという安心感からか、比較的落ち着いて事態を受け止めています。
我が家のシェルターはテレビは見られませんが、(我が家のシェルターにはケーブルが通っていない)テレビとビデオを設置、子供達は以前日本から送られてきたビデオを見放題でございます。
夏休みに入ってPCにかじりついたままだったのでこんな状態も良いかもしれません。 ←と、少し前向きに考えてみたりする

で、私は攻撃が治まった間に時々シェルターから離れてPCに向かっておりますので、、以降更新が遅れるかもしれません。ちょっと攻撃の音が増えております、、、。

攻撃の前には大概シェルターに入るよう外で放送がございます。レーダーで感知しているのだそうです。なにもかも良く管理されていて(別の言葉に言い換えれば戦争慣れ?)大変感心しております。

テーマ:イスラエル - ジャンル:海外情報

無事です、、、
シャバットは仕事もブログの更新もしないことにしているので、皆様にお返事が遅れました。
周りにぼんぼん落ちていて一日中電話が鳴りっぱなし、いつここに落ちても不思議ではないカンジがしないでもないのですが、とりあえず無事でございます。
シェルターに入っていれば大丈夫だと言うことです。
そんなにずっと入ってもいられないので、こうしてPCを開いたりもしてみるのですが、、、。
こうしている間も爆音が聞こえます。
本当に?
本当に、、、。
プチ戦争状態なのですが、、、、
すみませ~ん


プチ戦争状態なのですがぁ、、、。


イスラエルでの被害が日本に伝わっておりません。


今日インターネットで日本のニュースをチェックしましたが、イスラエルでの民間の被害がさほど大きく報道されていませんでした。

さっきオランダに住むユダヤ系の友人から電話がありまして、
”オランダのニュースはパレスチナがかわいそう、、、とかレバノンがかわいそう、、、とかそういう報道ばかりだよ。”
と言っていました。
”そうなの、私も日本の報道を見て、あら?と思っていたのよ。オランダも?”
という話になりました。

ね、おかしくないですか。
今北部は厳戒態勢で、カチューシャロケット弾がどんどん飛んできていますし、ハイファまで飛んできました。これって初めてよ
けが人続出、死者も出ています。

な・の・に、、、、
なぜイスラエルがレバノンを攻撃しているニュースばかりなのでしょうか、、、、。
家族が心配するからそのほうがいいのですが、私は世界の世論が反イスラエルになるのをちょっと恐れているのでございます。


テーマ:イスラエル - ジャンル:海外情報


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